成功の散歩道 YA by Yoshinori Akazawa

芸術家としての文章について

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芸術家(アーチスト)がその芸術の仕事以外のことで表現することはけっして広くうけいれられることではないと思う。
画家が文章を書いたところで、文章の基本がままならぬことが多いと思われる。
よほどの一芸に秀でた人物でもないかぎり、その文章を読もうということすらまれであろう。
文章そのものを生業としている人でさえ、その文章に花があり、多くのひとの心にその言葉が実感として伝わることはまれである。
『はじめに言葉ありき』聖書の冒頭にくるのは 沈黙からまず最初に言葉がうまれるということ。
禅の修業中に座禅を組み、心を無に近づけようとしても 無から何かしらの言葉が生じてくること。
この世に生を受け、生きていくためには 沈黙から生じる本当の言葉を手立てに進むよりほかないのではないか。
つまらない 言葉が生まれてこようと誰かほかの人にとっては何らかの手立てとなる貴重な言葉になるかもしれない。
神様の贈り物かもしれない。
ならば、言葉を書いてみよう。インターネットの電波の中という非常にはかない場所に。
誰か目を留めてくれることもない広大な人生の中に ただ 神様より授かったこの命と
わずかなる 言葉 と いう 道しるべ。
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by surfstar2021 | 2004-03-01 00:08 | 芸術家日記