成功の散歩道 YA by Yoshinori Akazawa

3-7 タージマハル


タージ・マハルはアグラ市のヤムナ川岸に建てられている。ムガル皇帝シャー・ジャハン(1592〜1666年)が妻ムムターズ・マハル(1595〜1631年)の死を悼んで22年の歳月をかけて作らせた墓である。
アグラフォートから戻り、改めてタージマハルを見学した。タージマハルの裏側の川を見に行こうと思ったからだ。
タージマハルは近くに寄っても大きさというモノを感じさせない。白い大理石で全体が構築されているからだろうか?近くに寄れば寄るほど暖かくかんじる。
インドは暑い日が続いていたが、タージマハルはすごく涼しい。側面から裏側に回り込むと川が流れているため強い風がふきぬける。少し寒いくらいだがアグラフォートのあった位置はあの辺りだなというのがわかる。なぜならさっきスケッチをしていたのでボクは絵の中に入り込んだ気になっていた。シャー・ジャハン皇帝が死ぬ間際までこの墓をなき妻を思っていたのだろうか?この川に吹く風だけが知っているのかもしれない。
タージマハルを掃除している人が多いのには驚いた。美しいのは大理石で作られたからというだけではないのだ。
日頃のメンテナンスも大事なのだ。

タージ・マハルの内部の中心にはムムターズの大理石製の棺が置かれている。その隣に寄り添うように、少し小さなシャー・ジャハンの棺が置かれている。

1558−1647年のムガル帝国のアグラの首都時代は日本で言えば安土桃山から江戸時代のはじめの頃にあたる。その頃の建築の技術はすごいなあと思うのだ。

次の日、ハングリーアイの店員に紹介されておじさんの経営するジュエリーショップに行った。買わなくていいよとか言われたけど、アクアマリンやルビーの指輪を母親や友だちむけに買った。あと自分用にも。インドでは男の人も結構派手に指輪をしたりしているのだ。暑いので石を首に描けたりすると気持がいいのだ。涼しくなる。

ハングリーアイの店員は旅行のあと律儀に年賀状を送ってくれたのでボクはお返しに日本のポップスをいっぱい録音したテープを送ったりした。日本人の彼女がいるんだと自慢げに話していたが、彼が遊ばれてないことをボクは少しだけ祈るような気持だった。


参考文献:
渡辺建夫『タージ・マハル物語』朝日新聞社、1988年
by surfstar2021 | 2005-11-17 00:00 | 赤沢嘉則のインドスケッチ1993