成功の散歩道 YA by Yoshinori Akazawa

3-5 アグラへ


カジュラホの小さな空港から飛行機でアグラ空港に到着した。一時間もない短いフライトでアグラにやってきた。
アグラ市内で宿を取るためにタージマハルという寺院まで向かうことにした。タージマハルの周りは周りが壁が巡らせてあったように思う。その壁ごとに入り口があり、タージマハルの庭園に入ることができる。
壁の向かい側に宿屋や食べ物屋が少し並んでいる。
ハングリーアイ(おなかをすかせた目)という名前の食べ物屋のとなりの宿屋に泊まることにした。あいにくシングルの部屋は空きがなかった。ツインに相部屋ならあるといわれてOKした。もう一人は日本人学生らしいいひとだったからだ。部屋に入ると誰もいなかった。荷物を置いて貴重品とリュックサックだけをもって隣のハングリーアイという食べ物屋で昼飯を食べることにした。
ボクと同い年くらいのインド人の男の店員はかなり歓迎してくれた。
食べ物と行っても焼きそばみたいなモノしかなかったが。
食堂には上の方にテレビがあった。あまりきれいには映っていなかった。インドの言葉なのでよくわからなかった。
店員はしばらくテレビでやっているらしい日本のドラマに感動したらしい話をしていた。ボクはご飯を食べてライムソーダを飲みながら何のことやろう?と思いながら聞いていると“おしん”の子供時代の放送らしい。インドでおしんが放送されていることに驚いたが、おしんに感動しているこの店員の話しっぷりにもっと驚いた。日本のドラマがインドで共感を呼ぶなんてことは考えなかったからだ。営業トーク?とも現在の私であれば少し間を置いて考えるが、そのときのボクは素直に受け止めていた。
そのあとアグラフォート(アグラ城)へのバスのことを教えてくれた。
年齢が近くあまり嫌なにおいのしない人だったし言ってることがよく伝わったのでいろいろと尋ねた。
明日、アグラフォートやファテープル・シークリーをバスツアーで巡ったあとにインド映画に行こうと誘ってくれたので約束して明日のバスツアーの予約をしにいくことにした。
アグラで見て回ることになるこれらの遺跡は世界遺跡の指定を受けていたことはその頃のボクはあまりよく知らなかった。
by surfstar2021 | 2005-11-03 21:04 | 赤沢嘉則のインドスケッチ1993