成功の散歩道 YA by Yoshinori Akazawa

3-2 死を待つ人の家


ポカラで出会った女子大生たちがボランティアに行っていたというマザーテレサの施設 死を待つ人の家にボクは何となく行きたかった。
博物館から宿に戻り、宿の周りで日本人の学生と意気投合して明日の朝早く、行われるミサに行こうと約束した。

翌朝は5時ころに起きて宿を抜け出して、彼と合流してバスでそのエリアまで向かった。バスは日本の都市を走るバスとはほど遠く、トラックと装甲車の中間くらいの非常にワイルドなものだった。もちろん座席のクッションは必要最低限で垂直の座席。ゆったりとしたシートとはほど遠い。早朝の涼しい風が車内をめぐる。

彼と待ち合わせの場所に行く途中で、路上で毛布にくるまっている貧しい家族らしき人々を何人も見かけた。ここはやはり都市なのだ。

目的地にバスは到着して、降りようとするとすぐにバスは動き出した。荒っぽい運転のバスはもう次の停留所に行ってしまった。

しばらく歩いて寺院のそばに屋台が朝早くから開いて白い牛が徘徊して、ニワトリの声がけたたましく響く騒々しいにぎやかな場所にたどり着いた。ガイドブックではこの辺りのはずだ。

よく見ると屋台がぐるりとコンクリートの建物の周りを取り巻いている。その建物が死を待つ人の家だった。

マザーテレサはノーベル賞平和賞をとられた方としてテレビなどでご存知の方も多いだろう。クリスチャンの彼女が赴任先インドで死を迎えるわずかな時間を路上で迎える貧しき人々が人間の尊厳を持って死を迎えられるように彼女が設立したとされる施設であるのはご高承の通りです。

クリスチャンによって運営される施設は早朝にミサが行われる。ボクらはそのミサに参加するために来たのだ。

マザーテレサはその日は外出されていて不在であった。でもミサの見学は許可をいただけたのでボクらは施設に入ることができた。

一階はまだ薄暗く、たくさんのベッドが大きな広間の向こうの方まで設置されている。奥の方に人々がまだ眠っている。ボクらは中央にある階段を静かにのぼって二階の礼拝室に入った。コンクリートの床、壁の粗末な作りの広間の奥には簡素な祭壇がしつらえてあり、シスターや伝道師が何人も入ってきてロウソクに灯がともされてミサが始まった。ボクらは後ろの方の席でじっとミサの聖書の朗読を聞いていた。施設の外から牛の鳴き声やニワトリの鳴き声、人々の行き交うざわめきが微かに聞こえてくる。
‘ここはインドなんだ。この部屋の中はキリスト教の世界だ。’、
マザーテレサがいなくてもミサが淡々と行われる統制力はすごいと思った。

ボランティアをすることがそのときはできなかった自分が少し後ろめたいような気がしたが、この施設を心にとどめておくことだけでも足を運んだ甲斐はあったと思う。少しだけ神様が微笑んでくれたような朝。
by surfstar2021 | 2005-10-13 01:19 | 赤沢嘉則のインドスケッチ1993