成功の散歩道 YA by Yoshinori Akazawa

1−6 ブッダガヤーにて

AM 5:50 ガヤーの駅に到着。朝は少し涼しい。駅を出るとまだ早朝なのに オートリキシャ(タクシー)がいくつも並んでいた。ブッダガヤーに向かいそうな旅行者は大きな荷物を持っている。二人で相乗りしてブッダガヤーへと向かう。a0006808_142414100.jpg
ブッダガヤーは仏陀(ブッダ)が悟りを開いたといわれるところ。
私がアユタヤ遺跡で大量の遺跡や仏像に圧倒された興奮はまだ消えていない。ブッダガヤーにはきっとそれ以上にすばらしい仏像や遺跡があるのだろうと思って期待していた。オートリキシャは畑の中のあぜ道のようなところをしばらく走った。カルカッタはこの田園風景から比べるとビルが建ち並ぶ大都会だったなあと冷静に思えた。

ブッダガヤーはすごく田舎だった。大きな木がぽつぽつとあって小さな村のようなところ。宿を取って村内を歩き回る。インドはジーンズで動き回るとかなり暑苦しかったので郷にいれば郷に従えでインドの服を比較的手軽に作れるみたいなので新調することにした。服はすぐできるらしく後でとりにいくことにした。

a0006808_14125328.jpg日本寺もみかけたが、とりあえず、ブッダガヤーの大塔 に向かう。柵で囲まれた入り口付近には
この辺りの年配の女性がたくさん座り込んで “菩提樹”のハートのかたちの葉の押し花や 数珠を売っていた。ボクはその頃は特に必要でなかったので“No thank you”を繰り返し丁重にお断りした。今から考えると買っておけばよかった!と思う。お土産としてはよろこばれるよ。

高さ55mの大塔の周りには寄進で作られたと思われる小さな仏像を張り合わせて造れた小さな円筒形の建造物がいくつもあるのが目立った。塔もよくみると小さな彫刻がいくつも合わさったデザインのものだ。

ブッダが悟りを開いたとされる菩提樹の木は塔の背面に木漏れ日を投げかけていた。柵がしてあって中に入って根元に座ることはできないが、何世の木かといわれるが大きなモノだ。
a0006808_14192996.jpgブッダはここで悟りを開かれたのだと思った。でもいったい何を開かれたのだろうかという疑問やはるか遠い昔のことを少し思い浮かべてみた。

寄進に寄ると思われるいろとりどりの布が壁を、塔の周りを回り巡っていた。仏足石(ぶっそくせき)とよばれる ブッダの足の裏をかたどった石の足跡のくぼみには水がたまっていた。
a0006808_14205256.jpg昔の仏教徒は仏像を造らずに仏足石という形でブッダの存在そのものを象徴的に表現した。その仏足石を礼拝の対象としたのです。 定金先生の授業の言葉がよみがえった。原始仏教では仏像というかたちでは仏教を伝えてはいないという内容の講義だった。木漏れ日は丸い光をいくつも波のように浮かんでは消えかさなり、風にゆられていた。

塔の内陣には靴を脱いで入った。内陣は狭く、ろうそくの明かりがともっていた。拝殿の奥で観たのは、黄色いウルトラマンのようなプラスチックのおもちゃのような仏像だった。あとで調べると高さ約2メートル。9〜10世紀造とされ、もとは黒石であったが、後にミャンマーの仏教信者によって金箔が施されたとされるらしい。仏教の聖地なのでインドの仏教信者というより各国の信者の庇護をうけているのだ。あとでインドで買った本を訳したところ、日本で仏教が花開いた平安時代にはインドでは仏教は滅んでいるのだ。
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このブッダガヤーという整地はいわばノスタルジーの源なのだ。

なんとなく手を合わせて内陣を出た。
堂内でブッダが沐浴したといわれる池なんかの写真を撮り、土産物屋で象の置物や、白檀製のしおりなんかを買って服をとりにいった。ちょっと派手かな?と思うがとにかく日本の衣類では暑すぎる。
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ナイランジャナー河 がすぐ近くにあるらしいのでそちらに向かう。河はちょうど乾期で水がまったくない。従って向こう岸から人があるいてわたってきます。水のない時期が長いのか花が咲いてたりします。
向こうの山から村を通り、この河をわたってブッダはあの菩提樹の下で悟りを開かれたのです。
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インドの子供はよく英語で話してくれる。

あなたの顔の手術のあとはきれいにできているね、ボクの友だちもあなたと同じ症状だけどあなたの方がきれいに手術ができているよ。
a0006808_14351820.jpgボクがカメラを持っているのを観るととってほしいといわんばかりに笑いかけながらよってくる。シャッターを向けると気をつけ!みたいにちょっと緊張してとりおわると走って向こうの方へ遊びにいってしまう。
住所がわからないから送ることもできない写真を何枚もとった。

林の中にしろい煙が立ち上り木漏れ日が光のカーテンを作る。
牛小屋の牛がまとわりつくたくさんの蠅をしっぽで追い払う。蠅の羽が逆光になると光の粒のように映る。相当牛の糞のにおいがするが、なんとなく心が落ち着いてシャッターを切る余裕が出てきたように思う。
a0006808_14143721.jpg明日の列車のチケットを小さな旅行代理店で手配してもらった。もうあたりは日が暮れかけている。ブッダガヤー大塔の遺跡のそばに発掘しているようなくぼみがあった。ボクは日が沈んでしまった後の雰囲気をみつめていた。『木々の向こうに夕陽が沈んでいった後、何にもないようで充実している気に満ちあふれている感がした。私はここにいる。ありがたいことだ。』少しだけ感謝のきもちがあふれた。a0006808_14154620.jpg大塔の周りでは皿に油が入れられ、いくつも火がともされていた。ブッダガヤーの夕暮れ。
by surfstar2021 | 2005-08-15 06:39 | 赤沢嘉則のインドスケッチ1993