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成功の散歩道 YA by Yoshinori Akazawa

1-1 インドは人を呼ぶ

a0006808_2847.jpg今から12年も昔の話になる。12年前に描いた絵画が哲学書の表紙として出版されることになった。
これを機にまだ記憶に残っているわずかな記憶をこうして形にしておきたいと思う。

これはインドに一人旅をしたときの写生とエッセイである。

今から考えると、どうしてインドに行きたくなったのだろう? 中国に一人旅をしてさんざん黄砂を浴び、40℃近い熱を出してうなされながら 帰ってきたのに。何ヶ月かすると恐怖は遠のき、また次のスリルを求めるという のだろうか?よくはわからないけど、自分の内側から求める何かを見出したくて インドへと強く願ったのだと思う。
a0006808_215475.jpg当時、僕は21歳。京都市立芸大の二回生の終りだった。 92年の11月まではミュージカルクラブ(GMG)=GEIDAI MUSICAL GROUPE の後援を終えたばかりだった。100人近いスタッフの方向性と俳優の演技指導 をする演出という役割は自分の限界をはるかに超える仕事だったと思う。 公演の二ヶ月前からは毎日授業が終わり、6時から9時ごろまでびっしり打ち合わせや 演技指導をしていた。今から思えば多くの人と関わる仕事ができたことは青春のいい経験だといえることであるように思う。

 『この公演が終わったらインドに行こう。』
それを励みにして公演を多くの人の協力 のもと無事終えることができた。
a0006808_2161737.jpg   インド美術を教えていただいていた定金計次先生の影響もあるのかもしれない。 毎回スライドで紹介してくださったヒンドウー教から仏教にかける古代インドの仏像の 数々を毎回授業はあんまり聞かずクロッキーしていたのでぼんやりとイメージが強まった のもあるかもしれない。

 93年の3月から4月までインドに行くことにした。
コースを決めて定金先生にご意見を伺った。先生は快く応じて下さった。
先生のご意見を参考にしてデリーから入らずにカルカッタから入って行程を組むことにした。 しかし航空チケットは帰りのムンバイからの便だけしか用意しなかった。自由と背中合わせのスリルを求めることは常にリスクを背負うということをこのたびで体に覚え込ませた。

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印度放浪(藤原新也)という本は読んだ。しかし自分の目で見たインドはきっと違うんだろうなと思った。 だから僕の描くインドはあくまで僕の心の目で見た世界のほんの一部でしかないと思う。 インドへ(横尾忠則)という本も読んだ。しかし横尾先生の感動された方向性は私では理解しかねる部分が 多いように思ったし今もよくわからない。それくらい画家なり芸術家の文章や求めるものは方向 がことなるのだ。
 日本画の学校にいっていたから秋野不矩先生の絵に感動していったかというと皆無なのです。 インドから帰ってきて両親が何年か前に展覧会にいった作品集が家にあるのに気が付いたくらい。 だから秋野先生の絵は美しい絵だと思います。崇高な志の絵であるとおもいます。   今になって思い返してもなぜインドに惹かれて命がけで仏教遺跡を見て歩いたのかさっぱり わかりませんが、
a0006808_2182472.jpgでもインドは人を呼ぶ。それは確かだと思います。

宿も予約なしのインド旅行が始まった。
by surfstar2021 | 2005-07-03 02:25 | 赤沢嘉則のインドスケッチ1993